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2021.01.05

「レヒーナ」著者、アントニオ・ベラスコ・ピーニャ氏へ追悼の思いを寄せて

 
2020年12月27日午前10時過ぎ、ノンフェクション「レヒーナ」の著者であり、
実在したレヒーナの幼馴染として、その存在の生き証人として生涯を捧げた、
アントニオ・ベラスコ・ピーニャ氏が、他界されました。
  
 
今から約45年前、メキシコの民主革命を雛型とし、
この地球の人々の意識の覚醒と言う大役を果たしたレヒーナと言う女性。
 
彼女とメキシコでのわずかな幼少期を共に過ごしたベラスコ氏は、
後に成長し覚醒してメキシコに戻って来たレヒーナを支える中で、
本人から直接、唯一の生き証人として後世にその活動を語り継ぐ役割を予言され、
その役目を全うし、この世を去った人物です。
 
レヒーナと共に地球の意識の覚醒の為に尽力された功績は、
筆舌では伝えきれないほどの大きな役割でした。  
 
スガジャズダンススタジオは、
國友須賀がレヒーナの生き方に強く共鳴したことをきっかけに、
2008年から全国ツアーとしてミュージカル「レヒーナ」を上演。
 
その際、ベラスコ氏はメキシコより来日され、公演先の各地へ一緒に回られ、
レヒーナの証人として彼女が起こした奇跡と、
これからの世界の未来の向かうべき方向と指針を、
講演会を通じて私たちにメッセージとして与えて下さいました。
 
この時、彼は時折、自分は以前この日本に生まれ生きていた事があると確信できる、と
何度も話されていた事を思い出されます。
日本と言う国と、魂で何らかのつながりがあった事を感じておられた様です。
勿論、レヒーナ自身もそうだったと、彼は深く確信されていたと感じます。
 
当時の公演を観て下さった皆さんと、あの舞台を通じて皆さんへ贈られた、
國友須賀とレヒーナのメッセージへ思いを巡らせながら、
ベラスコ氏への追悼の思いとして、日本から祈りを届けたいと思います。
 
下記に、アントニオ・ベラスコ氏の親友であり、
平和活動家のアルベルト・ルス氏のコメントを添えさせて頂きます。
 
尚、「レヒーナ」の翻訳者で有り、
日本とレヒーナの架け橋を担われた竹西知恵子さんのご協力の元、ベラスコ氏との出会い、
そしてこの追悼のお知らせへとつながれた事、心から感謝いたします。
 
 
 
 
「友よ 次の逢瀬まで」
 
12月27日12時12分我らの師匠であり平和のメッセンジャー、
魂の兄弟であるトーニョ事アントニオ ベラスコ ピーニャが
メキシコ市コヨアカンで他界しました。
 
昼前に「大いなる沈黙に入りたいので、見舞客も電話も取り継がないで欲しい」と告げて
寝室に籠り、ゆったりと身体を伸ばした後心臓が停止するのを許したのです。
 
最愛の伴侶ガビー、レヒーナ、アナウワックの歴代守護者達、
ポポカテペトルとイスタクシワトルの両火山の霊と会合するために
かれの魂は飛翔を始めたのです。
 
容態が悪化してからは生涯の友である作家のラウラ エスキベルの屋敷に引き取られ、
身近な友人や弟子で構成される支援サークルのメンバーから手厚い看護を受けていました。
 
私アルベルトが発起人となり先日FBやSNSで医療費支援のキャンペーンを始めた所でした。
 
お志のある方は今後も是非ご協力ください。
 
コロナ下でもあり、身内だけの密葬と致しますことどうぞご理解下さい。
 
各自がご家庭で深い祈りを捧げて頂きますようお願いします。
 
皆様からのメッセージやご質問等を受け取るため下記メアドを開設しました: 
 
maestroantoniovelsscopina@gmail.com
 
いずれ時期を見て「お別れの会」を開催するつもりです。
 
故人とは32年来の友人でした。
 
酒もタバコもやらない人でしたが、
それらを好む人を批判することは決してありませんでした。
  
「調子はどうだい?」と尋ねる度に、「ああ、上々だよ」と快活な返事が返って来ました。
  
最近は二人だけのジョークを楽しんでいました。
  
トーニョ曰く「健康を維持するためにもいつか絶対テキーラを飲みに
ガリバルディ広場のテナンパという有名なバーにいこうじゃないか!」と
二人で盛り上がっていたのです。
 
しかし、4〜5日前にはトーニョは「いやあ、行けるかどうか分からないなあ」と。
 
私はトーニョは別れを告げてるんだと直感しました。
 
「俺一人で乾杯したってしょうがないよ。」というと、微かに笑って、
「それじゃあ、二人分乾杯してくれよ。この調子ではもう行けそうもない」と。
 
今朝主治医から自分の容態について説明を受けた後、
彼はラウラさんに見舞い客も電話も断るよう要請し、その2時間後に旅立って行きました。
 
停止した鼓動は私たち一人一人のハートで生き続ける事でしょう。
 
また会うときまで!
 
コヨーテ アルベルト ルス
 
モレロス州ウエウエコヨトルにて
 
※トラテロルコの事件から20年の歳月を経て
「レヒーナ 10月2日は忘れない」が出版されたあと、
初めて沈黙の聖なる行進が自発的に行われたことをきっかけに
覚醒した意識の女性戦士/祭司のサークルが各地に生まれました。
 
メキシコ精神を受け継ぐ多くの男女が
これからもベラスコ氏の形見をしかりと広めていく事でしょう。
 
メシコ!メシコ!メシコ!メシコ!メシコ!メシコ!メシコ! ※
 
 
アントニオ・ベラスコ・ピーニャ氏
 
1935年メキシコのゲレロ州生まれ。メキシコ国立自立大学(ウナム)法学部卒業後、
歴史と会計制度を中心として研究・教育活動に尽くしてきた弁護士であり、
メキシコの国民的人気作家。
ユニークな歴史観に立って、人類の進化や現在地球が直面している危機と
その解決策に深い示唆を与えている作品を生み出した。
 
二冊目の作品『レヒーナ』で、1968年に世界を席捲した学生運動を
単なる政治闘争として捉えるのではなく、
そこに隠されていたスピリチュアルな動機を克明な筆致で再現し、大ベストセラーとなる。
 
 
2007年10月 
『レヒーナ』に深く共鳴した國友須賀がメキシコを訪問。
ベラスコ氏からミュージカルの制作を許可頂き、親交が始まる。
 
2008年 ベラスコ氏来日。東京、大阪、香川で
「生きる力の復興」と題した講演会でゲストスピーカーとして深いメッセージを届ける。
 
2008年ー2009年 スガジャズダンススタジオオリジナルミュージカル『レヒーナ』上演。
佐世保・和歌山・岩国・高知・香川にて上演。
  
 
 
 
 

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